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杉野希妃さんと広島

俳優で映画監督の杉野希妃さん(30)は、1984年、広島市生まれ。

2005年、韓国留学中に俳優デビューし、初監督映画「マンガ肉と僕」と監督2作目の「TAKSU(仮)」が年内に公開予定です。プロデューサーとしても活動しています。

彼女は、広島生まれた意味について、以下のように答えています。

原爆ドームを見て育ちました。学校では「こんなにやるの!」と思うほど、平和教育を受けました。

小学5年の夏。原爆の本を読んで感想文を書く宿題を出されたとき、沖縄戦の本を選びました。「広島はもういい」と思ってしまったんです。反発心もあったんでしょう。

父の母、私にとっての祖母は今年で82歳。被爆者ですが、体験を語りたがりません。学校に重ねられた遺体、抜けていった友だちの髪の毛……。原爆が投下された当時の話は、父を通して聞きました。

「聞かないと、後悔するかも」と思うけど、「傷をえぐり出すようなことはしたくない」とも考えてしまう。祖母からは今も聞けていません。

でも、私にできるのは語り継いでいくこと。それが広島で生まれた意味。原爆の歴史を忘れないことが使命と思っています。

6年前、映画製作会社をつくりました。高校生が脱原発運動に利用されるシーンがある「ほとりの朔子(さくこ)」(1月公開)、福島の原発事故による放射能被害を心配する東京の家族を描いた「おだやかな日常」(2012年公開)。映画で「善か、悪か」を主張するのではなく、見た後に話し合ったり、交流したりできる受け皿を提供したい。

私の母は韓国生まれ。両親に「二つの文化を持って生まれて幸せだね」と言われて育ちました。けど、最近、ヘイトスピーチにみられるような出来事が増え、「言いづらい社会」になっていませんか。いろんな人が、いろんな考えを言えたほうがいい。それが暴力の連鎖、戦争を生まないことにつながると思います。

海外の映画祭に行くと、必ず「広島出身」と自己紹介します。すると、身ぶりや手ぶりで「Bomb(ボム、爆弾)」という反応が返ってきます。「やっぱり、特別な都市なんだ」と感じ、気が引き締まる。広島を背負って生きていかなきゃ、という自覚が強くなります。

広島出身者には少なからず、彼女と同じような考え方を持った人がいるかもしれません。→ranking

杉野希妃さんの画像はこちら↓
http://matome.naver.jp/odai/2135639995985794501

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